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転載:月刊ウインド11月号(1)
新潟・市民映画館シネ・ウインドが発行している月刊ウインド11月号(販売中)で、ロケネットとエキストラ体験者の座談会が掲載されています。
編集長と編集スタッフのご厚意により転載します。
なお、シネ・ウインドでは23周年祭を11月8日(土)〜22日(土)に開催!ぜひご覧になってください。 

エキストラ体験者座談会&ロケネットインタビュー

<参加者>
鈴木良一  参加作品「白痴」
岸じゅん  参加作品「感染列島」
織田美子  参加作品「感染列島」
中村賢作  参加作品「感染列島」など
井上経久  参加作品「クライマーズ・ハイ」
土田雅之  ロケネット
星龍雄   ロケネット
平淳一郎  編集部 参加作品「感染列島」など
司会 市川明美  編集部 参加作品 テレビ2時間ドラマなど

◆◆◆初体験は「白痴」◆◆◆

鈴木◆井上くんは「クライマーズ・ハイ」に出たの?
中村◆そうだよ、すごく映ってた。5ヵ所くらい。
岸◆すごーい!
鈴木◆あれはどこで撮ったの?
中村◆新潟空港。オープニングでバンって映ってたし、予告編でも。最初に子供と別れるシーンあるでしょ、あのバックに映ってましたよ。
岸◆何の役ですか?
井上◆役はないですよ(笑)。ただ、海外旅行に行く家族ということで。
中村◆どう考えても海外旅行に行きそうではないんだけど(笑)。
井上◆人が足りないって聞いたから、じゃあ子供連れて行こうかって言ったら、カミさんが私も行くって言って、家族で。
織田◆じゃあ、本当のご家族なんですね。それはいいですね〜。
岸◆いい記念になりましたね。
織田◆映画見ました、おもしろかったです。
井上◆ありがとうございます。って、俺が言うことでもないけど(笑)。
中村◆原田眞人監督に代わって(笑)。
井上◆御礼申し上げます。
        *
市川◆やはり「白痴」が話の発端でしょうか。
鈴木◆「白痴」のあとで、映画塾とかロケネットとかできたわけだし。
市川◆「白痴」の前はどんな感じだったんでしょう。
鈴木◆江村さんが生きてた頃は、寅さん映画とかあったんじゃないかな。
中村◆江村さん、出てましたよ。「旅と女と寅次郎」で、たらい舟に乗ってました。あと、「彩り河」の新潟駅のシーンでも、お客の役で。
市川◆へぇ〜そうなんだ。その頃は、配給会社の関係とか、知ってる人は知っているって感じのようですね。「白痴」は、一般への出演呼びかけや、オーディションもあったんですよね?
鈴木◆俺はオーディションには参加しなかったけど、かなりの応募があったみたいだったよ。
市川◆鈴木さんがエキストラ参加したのは、最後の大勢が歩いて逃げているシーンですか?
鈴木◆そう。あの主演のふたりが群集に紛れていくシーン。全く知らない人が囲むより、少しは撮影内容を知っている人が囲んだ方がいいということで、撮影側が選んだエキストラ20人くらいの内のひとりだった。特殊部隊みたいな感じで、女優さんを守るような役。
市川◆ちょっと詳しいエキストラ、ですね。そういう役回りがあるとは知らなかった。
中村◆私も「白痴」のエキストラやりましたよ。やっぱり逃げる群衆。延々と何百人も並んでて、とてもじゃないけど誰が映ってるとかわからなかった。
鈴木◆群衆役が300人くらいいたよね。夕方集まって翌朝まで、12時間くらい拘束された。朝の太陽の美しかったこと。
中村◆ご飯も3回出たし。
鈴木◆夏だからよかったけど。俳優は待つことが仕事だってよく聞くけど、本当にそうだなって思った。


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転載:月刊ウインド11月号(2)
 ◆◆◆メーキャップが楽しい!◆◆◆
        
市川◆「クライマーズ・ハイ」の撮影はいつだったんですか?
井上◆去年の8月です。新潟空港で、撮影は1日だけでしたよ。
中村◆新潟空港ってわりとよく使われるんですよね。上野樹里の「虹の女神」もそうだったし。
井上◆空港ならではの雰囲気があって、東京から近いというのがいいんじゃないでしょうか。
市川◆上の飾ってある凧かなんか隠しちゃえば、どこの空港にでもなれるしね。
井上◆新潟空港は建物がいいので、空港としてだけでなく、国際貿易センターとか、他のものにも見立てられるって言ってましたね。あと、空港までの道がいいとか。
市川◆お子さん連れだと撮影も大変じゃなかったですか?
井上◆それ程でもなかったです。3、4時間だったかな。ロケネットの人が、「人がいない、特に子供募集中」って言ってるのを聞いて、保育園は一日休ませてもいいやって連れてったんです。当時、娘が3歳だったんですけど、3歳の子に、同じことできるわけないんですよ、リハーサルやったって。で、リハーサルの時に、娘がはしゃいじゃって、スーツケースの周りをぐるぐる回ってたんです。やばいなぁ、リハだからまぁいいか、とか思ってたら、リハの後に製作の人が来て、「今の子供さんの演技、すごくよかったので、本番もその感じで」って。そんなことできないよぉ(笑)。仕方ないから、ちょろちょろ動くんだぞ、って娘に言って(笑)。
岸◆家族で映画ご覧になりましたか?
井上◆子供は見てないです。いつかDVDででも見せたいですが。
市川◆まぁ、内容は暗い話だものねぇ。
井上◆撮影の時に、他のエキストラの方と話したのがおもしろかったです。この間は「相棒」に出て私もマラソン走ったんですよ、という方がいたり。もう、その筋のエキスパートですよね。
岸◆病み付きになるのかな。
井上◆おもしろいですからね。撮影現場は華やかだし。
鈴木◆メーキャップが楽しいよね。
井上◆それはなかったですよ。
市川◆「白痴」は汚れ役だから。
鈴木◆焼け出されたという役だから、煤とか、いろいろ。
        *
平◆「感染列島」のエキストラ募集はどこで知ったのでしょうか?
織田◆新聞で。
岸◆私は、織田さんがお嬢さんと一緒に申し込んであったのに急に行けなくなって、お嬢さんの代わりに参加したんです。
平◆僕は、ロケネットのメールニュースです。
中村◆私もそうですね。
平◆出る人はここに返信することってあって、参加希望日とか書くようになってて。結局、5日間参加しました。
岸◆役は医者、患者? メイクはしました?
平◆メイクしました。役は両方。患者の役って、ずらっと並べられて、係りの人があなたはA、あなたはB、Cって決めていくんですよ。患者A、B、Cって、感染の度合い。だから、メイクが違うんです。メイク室に連れて行かれて、発疹のメイクとかされるんです。
中村◆濃いメイクだと嬉しかったりして(笑)。あまりメイクしてもらえないとがっかりして、血糊ついてるとおいしいなって(笑)。
岸◆私も、待ってる間、点滴がいいなって思いました(笑)。なんか派手じゃないですか。そしたら点滴の役になって、すごく嬉しかった(笑)。
織田◆私は2回参加したんですけど、1回目はメイクしてもらいました。でも、周りには応募したのに声のかからなかった人が大勢いて。もう定員に達したと断られたとか。私は新聞を見てすぐに応募したから良かったのかもしれないけれど、参加した話をすると、いいないいなってうらやましがられました。
平◆日によって、必要なエキストラの年代とかが決まってたんですよね。だからかもしれないです。僕はエキストラ参加の他に、子役を集めるスタッフの手伝いもしたんです。小学校低学年ということだったんですけれど、実際はそうじゃなくても、そう見えればいいということで、知り合いにいろいろ当たったりして。子供よりお母さんの方が、「妻夫木さんに会いに行くんだ」って喜んでたらしいですが(笑)。
織田◆新聞での募集は20歳以上でしたよね。
岸◆でも、中高生も、ダメなのはわかっていても、「妻夫木くんに会えるかもしれない」って、応募した子がたくさんいたって聞きましたよ。知り合いの子も、たくさん送ったけど、ダメだったとか。その子に、私昨日撮影に行ってきたんだよって自慢したりして(笑)。
中村◆患者役だったら子供と20歳以上って、間の年齢がいないのもヘンですよね。
織田◆でも、実際に感染するのは、やはり子供とお年寄りが多いだろうから。
平◆20歳以上って設定したのは、患者役も医者役もできるかららしいですよ。
岸◆医者役の人って、白衣とかの衣装着て、とっても嬉しそうだった。
織田◆気持ち、わかりますよね。
平◆衣装って、盛り上がりますよね。変身願望がかなえられるというか。
市川◆織田さんも妻夫木ファンなんですか?
織田◆ではないんですけど、カッコイイじゃないですか。エキストラに行ってみて、ファンになりました。
市川◆新聞を見て、参加しようと思った理由は?
織田◆やっぱり、妻夫木くんだから。
市川◆あらっ(コケル)。
織田◆次はNHK大河ドラマだし。
平◆「感染列島」に参加してから、なんとなく気になって、大河ドラマも見てみようかなって気になりました。
市川◆間近で会うから、少し知り合いになったような気がするのかな。
織田◆それはありますね。鼻歌も聞いたし。
市川◆えっ、鼻歌ですか?
織田◆妻夫木くんが立っていて、テレビニュースを見るシーンなんです。私がその近くに患者役でいて。で、待ち時間が長くて。待ってる間、タップ踏んだり鼻歌歌ったり、看護師役の女優さんといろいろ話したり。素が見えたって感じでした。
岸◆私も側にいたんですけど、ホントに賑やかで。いろいろおしゃべりしたり、ストレッチしたり。それで、「本番!」って言われると、きゅっとお医者さんの顔になるのね。あっカッコイイ!って。藤竜也もカッコよかった!
中村◆いいなぁ。
市川◆中村さんはどうだったんですか?
中村◆あんまりスタアの近くじゃなかったですね。声は聞こえるけど、どこにいるのかわからない、とか。
織田◆壇れいはきれいでしたよ〜。実物はほんとにもっときれい。
市川◆織田さんと岸さんはたくさんスタアに会えて、ずいぶんラッキーだったようですね。
平◆みんな同じ医者の衣装を着ているのに、雰囲気が違うなという人は、やっぱり東京から来た役者さんなんですよね。
鈴木◆やっぱりオーラがあるのかな。
平◆でも、全然わからないのは、感染の防護服を着て、ゴーグルをかけている時。気がついたら妻夫木くんが隣にいたんですよね(笑)。たぶん、スクリーンで見ても誰が誰だか判らないと思う。
織田◆ロケネットの人も、エキストラと間違えて役者さんに、「もういいですよ」とか声かけちゃって、「僕は違うんです」って言われてる人がいましたよ(笑)。
岸◆私も、患者役でずっと待ってる時に、すぐ近くにいた人に「プロの役者さんですか」って聞いたら、出演作とか今後の予定とか教えてくれて、「応援してくださいね」って。で、帰って夜テレビつけたら、その人がCMに出ていて。私、とっても失礼なこと言っちゃったなぁ。その人、すごく感じよかったんですよ。
平◆全体に、役者さんもスタッフもとても優しくて感じよかったですよね。
鈴木◆「白痴」の時は集団だったから、第何監督かしらないけど、すごく恐くて、何度も歩く練習とかさせられたよ。
平◆「白痴」は火を使うから、事故があっちゃいけないというので、撮影現場がすごくぴりぴりしてたんですよね。
鈴木◆夜だったしね。
平◆「感染列島」の時、助監督の人に、3秒たったらここからあちらへ歩いて、とか指示されるんですよ。で、みんなが指示の通りに動くと、なんだかわさわさした忙しい雰囲気になる。すごいなぁって思いました。あれは本当の病院で撮ってるから、なおさら雰囲気があったし。
岸◆この間まで普通に通ってた市民病院で映画を撮ってるって、なんだかとっても不思議だった。あと、監督さんの演出を見られたのが、とっても印象に残ってます。小学生くらいの女の子(女優さん)が演技して、脇にいた私達は「あ、いいじゃん」と思ったのに、監督さんがダメを出して。で、「もっとできる」って何回も撮りなおして。そしたら、本当にだんだん演技がよくなっていくんですよね。私、側にいて涙が出てきちゃった。演技にも感情移入したし。素人の私がそんなシーンを見られて、本当に参加してよかったなぁって思いました。
平◆ナマの現場を体感できるというのは本当にいいですよね。
        *
岸◆6年前、今大学生の娘が中学生だった時の話なんですけど。シネ・ウインドの花岡さんから突然連絡があって「頼まれて探してるんですが、お宅、中学生の娘さんがいましたよね」って聞かれたから、いますよって答えたら、「友達と一緒にCMに出ませんか」って言われて。で、じゃあ娘に聞いてみますって。それが夕方だったんですよ。娘は部活でまだ帰ってなくて。私、帰ってくるのを玄関で待ってて(笑)。帰ってきた途端に「テレビのCMに出ないかだってさ」「出たい!」って(笑)。それでもう、あれよあれよと。お友達に声をかけたり、監督さんにお会いしたり。1週間後くらいに出演が決まって。何も聞いてなかったから、後ろを歩く役とかかなと思ったら、撮影の前の前の晩くらいにFAXが届いて、松嶋菜々子さんと一緒に歌うんだって書いてあって。で、すぐにその歌のCDをレンタルしてきてウチで練習して。撮影の時には、松嶋菜々子さんがとっても優しくて、いろいろ声かけてくださって。最後に「これを機会に女優さんを目指してください」って言われて。うちの娘なんか涙ぐんじゃって。
市川◆もうそこまでいくと、エキストラじゃなくて出演者ですね。
岸◆実際は一緒に歌を歌ったくらいなんですけどね。本当にすごくいい思い出です。CMはほんの30秒くらいなのに、すごく大勢のスタッフがいて。みんな忙しそうで、走ってて、楽しそうで。ウチの娘はそれを見て、出演者より作る人になりたいなって言ってました。監督さんもカッコよかったし。監督さんが突然「かもめを呼べ!」って言うの。松嶋菜々子さんの後ろにかもめを飛ばせたかったみたいで。そしたら若いスタッフ達が「ハイ!」って言って、お弁当の残りなんかを投げるの。そしたら遠くにいたかもめが寄ってきて(笑)、ちゃんと松嶋さんの後ろを飛んでるように見えて。本当にいろいろおもしろかった。親娘ともどもいい記念になりました。
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転載:月刊ウインド11月号(3)
 ◆◆◆エキストラというのは、本当に辛抱強く待ち、その中で撮影を楽しみ、自分で満足できる人◆◆◆

市川◆エキストラで参加する時は、ストーリーなんかは知らされないんですか。台本とか。
平◆台本はもちろんもらわないし、ストーリーもぜんぜんわからないです。募集の時の案内に書いてある情報くらいですね。その場面が物語の最初なのかラストなのかもわからないし。
織田◆私が行った時に、他の方が、昨日、もう最後のシーンを撮ってたって言ってたから、順番はぐちゃぐちゃに撮ってるんでしょうね。
鈴木◆今はロケネットとかがあって、身近に映画に参加できる機会があっていいよね。うちらの若い時だと、それこそ、そういうのは太秦まで行かなきゃないとかだったし。
市川◆エキストラで参加すると、その映画を見るのがとっても楽しみでしょうね。でも、つい自分を探すのに一生懸命になっちゃって、映画見るのがおろそかになったりしないかな。
鈴木◆参加したシーンはわかるから、それはないけど、でも、顔なんてなかなか見つけられないよ。
中村◆「blue」の時なんて、参加したシーンがそっくり編集でカットされてましたよ。バスの乗客役だったのに、バスのシーンそのものがなくなってた。村上淳も炎天下にずっと立ってるシーンだったのに、全部カット。
市川◆あららら(笑)。
鈴木◆そういうの、結構あるみたいね。苦労して撮ったのに編集でカットとか。
平◆僕も「blue」の撮影に参加してたんですが、エキストラじゃなくて、海岸のシーンの時に、あんまりゴミがすごいんで、カメラに映る範囲だけを掃除したんです。清掃が目的ではないんで、脇へ避けただけですが(笑)。
市川◆映画って、本当にいろんな仕事があるね。掃除とか、かもめ呼んだりとか(笑)。
岸◆「blue」の新潟駅のシーンは、後ろを歩く人、みんなエキストラですか?
中村◆エキストラです。
市川◆テレビドラマでも駅とか雑踏のシーンが多いじゃない? あれって全部エキストラ? そうじゃないよね?
中村◆渋谷の交差点とかを遠くから撮ってるのとかは、隠し撮りだと思いますよ。
鈴木◆人ごみに紛れると、役者だなんてわからなくなるよね。
市川◆たまに、周り歩いてる人が気がついてカメラ目線になったりしてることもある(笑)。
中村◆そうそう。あと、カメラに気がついてすっと避けてたりして。
鈴木◆昔、俺達は吉永小百合の後を今でいうストーカーみたいに付いて歩いてるんだけど、向こうからくる通行人はほとんど吉永小百合だって気がつかなかったもの。
中村◆吉永小百合のストーカーだったんですか?
岸◆東京で偶然見かけたんですか?
鈴木◆いや、大学が1年重なってたから。大学で3回くらい見かけたかな。
岸◆ああ、早稲田。
鈴木◆本屋で買い物してるのを陰からそっと見てたりして。
岸◆声はかけなかったんですか?
鈴木◆それはさすがにできなかったなぁ(笑)。
        *
市川◆今到着された土田さんはロケネットの方ですが、自身でもエキストラで出てますよね?
中村◆「ヴァイブレータ」とか。
土田◆あれは出ちゃいましたねぇ(笑)。最後のドライブインのシーンで、あとから入ってくる客のひとりで。
中村◆あれ、衣装は自前?
土田◆いや、用意してあったもの。
鈴木◆撮影はどこなんだっけ?
土田◆ぎりぎり白根、三条との間くらいの、五十嵐食堂っていうところ。基本的にはカメラの後ろにいる方が落ち着く性分なんですが(笑)、人がいないときは仕方なく。「ボート」でもカラオケ大会の審査員役で出てます。
鈴木◆いいなぁ。
土田◆あと、「白痴」の群衆とか。
中村◆「愛してよ」は?
土田◆あれは出てないですね。本来、私は皆さんに出ていただくのが役目なので。
鈴木◆やっぱり、これだけ新潟での撮影が増えたのは、ロケネットができたからなのかな。
土田◆エキストラに出たい人を組織化できたというのはありますね。市民の皆さんに楽しんでいただきたいし、出たいという方達の気持ちも受け止めたいので。ただ、映画などの撮影はとてもわがままな世界なので、その世界のルールを守ってくださいね、と。途中で用事があるから帰るとか、ちゃんと映らないから嫌だとか、記念品をもらえないから嫌だとかはなしですよ、と。エキストラというのは、本当に辛抱強く待ち、その中で撮影を楽しみ、自分で満足できる人。それができる、守れるという前提で来ていただいているんです。先ほどのCMの場合はもうエキストラの範疇を超えているので、また違いますが。あの時はオーディションもしていますし。
市川◆オーディションがあったんですか?
岸◆最初はロケネットの方が家にいらして、娘たち3人をビデオに撮ったんです。何かできるか、って言われて、ダンスをやっている仲間だったので、ダンスを。あと、歌って欲しいと言われて、3人がすぐに歌える歌ということで、中学校の校歌を歌ったんですよね。その数日後に監督さんとホテルでお会いして。その後、ではお願いしますということに。
土田◆僕らもそういうオーディションとかはまだあまり経験がなかったので、あのCMは印象に残ってますね。一番嫌なのは、そういう時、今回はごめんなさいって連絡をすることで…。
一同◆ああ、なるほど〜。
市川◆「感染列島」の時も、もう定員ですって断られた人が多かったとか。
土田◆「感染列島」はあまりに募集人員が多かったので、僕らと製作会社と両方でやってたんですよ。でも、言えるのは、募集されたらすぐに応募した方がいいですね。あとから参加したいと言われても、もうダメな場合があるので。最初に名前が名簿に載ると、その後も声がかかることがある。
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転載:月刊ウインド11月号(4)
◆◆◆蛇やトカゲの登録も、大歓迎◆◆◆

市川◆では、ここからは星さんもいらしたので、ロケネットの話を中心にお聞きします。ロケネットっていつからですか?
星◆2002年です。
市川◆ちょうど岸さんの娘さんのCMの頃ですね。
星◆あれはロケネットが発足する前ですね。前倒しでやった仕事です。
土田◆9月でしたよね。
岸◆そうです。すごく暑い日だったのに、ダッフルコート着て撮影したんです。
土田◆ホットのお茶のCMだったので。
岸◆でも、出来上がったCMを見たらすごく寒そうに見えて。
土田◆映像処理されてね。
岸◆ウチの田舎の母なんか、孫が出ているから喜んで見ていて。で、「寒かったろう、大変だったね」って。逆で、すごく暑かったのに(笑)。
星◆あれはロケネットができる直前だったから、こちらも気合いが入ってましたよね。でも、まだ現場の仕切りとかも試行錯誤で。
中村◆「blue」の時はまだロケネットという名前じゃなかったよね。
市川◆ロケネットさんは全国的に見て早い方だったんでしょうか?
土田◆全国でそういうフィルムコミッションを作ろうという気運が高まってきていた時ですが、まぁ、わりと早い方かもしれません。でも、まだまだ周知はされていなかったし。日本でこういうのができる前に、外国映画見てて、○○フィルムコミッションとか字幕に出てて、何だろう?って思ってたんですよね。
市川◆最近は日本映画でもみんなそういうのがエンドロールに出てきますよね。
岸◆ホントに。あれ見るの、けっこう楽しみですよね。
市川◆ああ、ここでロケしたんだ〜、ってわかったり(笑)。外国映画は書いてあっても、私には読めなくてわからないけど(笑)。映画の舞台と全然関係ないところの地名があったりするのよね。
中村◆北海道のはずなのに、千葉辺りの名前ばっかりでね。
土田◆北海道で撮ってないだろう!とか(笑)。
市川◆最近、テレビ局のファンクラブというのも多いみたいですね。
土田◆ホームページでエキストラを公募している場合も多いし。
市川◆それが趣味みたいな人もいるかも。
土田◆エキストラが大好きで、一生懸命やってる人はいるでしょうね。大学でエキストラ研究会やってたって人もいましたよ。
織田◆今、ロケネットのエキストラ登録も多いんですか?
星◆今は300人くらいです。ここ1年くらいでドンと増えましたね。
市川◆それだと管理も大変ですね。
織田◆ペットの登録とかもあるんですよね。
岸◆ペット!?
星◆ありますよ。
土田◆先日も映画で、犬と一緒に出てくれる人を探していて、来ていただきました。
星◆犬とか猫とか、蛇やトカゲも、大歓迎ですよ。出番があるかどうかはともかく。
土田◆実際にそんなにリクエストがあるわけではないんですが、登録していただけると、イザという時に助かるので。
岸◆ロケネットに登録しているのはどういう方達ですか?
星◆最初は若い人が多かったです。今は、30代から50代くらい。高年層が増えてきてます。年代がばらけた方がこちらは嬉しいのですが、それより上の年齢は少ないですね。
        *
市川◆フィルムコミッション(=FC)、ロケネットというのは、何をするものなんでしょうか?
星◆ロケ地の紹介から始まって、ロケがスムーズに進むようあちらこちらを調整したりとか。
市川◆それって、無料でするんですよね。
星◆基本的に無料です。交通費も要求しないですから。
市川◆それがなんで成り立つんですか?
星◆公共サービスだからです。
市川◆でも、皆さんは民間ですよね。
星◆そうです。だから、ウチみたいに民間でやってるところは少ないんです。基本的には公共サービスなんですよ。なんですけど、公共で作ってくれなかったので。2000年に市とか県とかに作ってくれって言ったんですけど、作ってくれなかったんですよ。作ってくれないなら自分達で作ってしまえと。新潟ってそういう風土ですよね。でも、あくまでも公共サービスなんですよと僕は言い続けているんです。で、やっと県の方でもフィルムコミッション協議会という総合調整のセクションができて、新潟市でも観光コンベンション協会でFCをやり始めた。で、今はそういうところと共存、分担しながらやっている状態です。それぞれの得意分野を活かしながら。なので、最近僕達はエキストラ関連の仕事が多くなっていると言えますね。
市川◆FCは公共サービス、行政サービスであるということですか。
星◆FCは世界中に何千とあるんですけど、ほとんどすべて行政機関がやってます。アメリカは市でやってるし、フランスは国、オーストラリアも国がやってる。
市川◆FCの目的って何でしょう。
星◆目的、効果ですか? ひとつには経済効果があるし、あとは観光振興。ハリウッドは映画が産業だったので、産業振興ということがあったんですね。ハリウッド映画というのはスタジオで撮られていたんですが、70年代から屋外で撮られるようになってきた。よりリアルな風景を求めて。で、アメリカではハリウッド映画は世界最大の産業ですから、それに便宜を図りましょう、みたいな感じでやってきたんですね。それが世界規模になり、ロケ隊を誘致すれば雇用も生まれるし、付随する車とかケータリング、ホテルなどの需要も生まれるし。だから協力しましょうという話になる。で、映画が完成すれば、観光。例えば「ローマの休日」なんて、世界中から撮影場所に人が来る。じゃあもっともっと映画を撮ってもらいましょうということになる。そういう形で世界では動いていたんですけど、日本でそういうことが認知されるようになったのは、99年くらいですかね。韓国の方が先に力を入れ始め、それが日本に伝わった形ですね。
市川◆今ロケネットに参加している皆さんの思いも、産業振興なんですか?
星◆もともとはそこから始まったんだけれども、産業や観光のことを考えていくと、自分達にとっては街づくりの効果があるのではないか、と考え始めたんです。街づくりというのは市民が自発的にやるものじゃないですか。街づくりのツールのひとつとして、FCというものがある、地道にやっているうちに、産業だとか観光だというものがあとから付随してついてくる、と。それで、行政がやってくれないなら自分達でやろうと、考えたわけです。だから、今、行政が乗り出してきたから僕らはお役御免かな、とも思ったんだけれど、ますます僕らがやる意義というのがあるかな、とも思ってます。

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転載:月刊ウインド11月号(5)
 
◆◆◆地元の人たちも楽しんで、エキストラの人たちにもやってよかったと言ってもらえるようなFCを◆◆◆

星◆他の地域のFCを見ると、完全に行政機関としてドライにやっているところもあるし、逆に市民を巻き込んでわいわいやってるところもある。年間何百本も来るところは、行政が右から左に処理していかないとうまくいかないというのもあるだろうけれど、それだけでは地元に何も残らないかな、と。やはり地元の人達も楽しんで、エキストラの人達にもやってよかったと言ってもらえるようなFCを新潟は求めようと思います。
市川◆そういうところが、ロケネットの運営に参加している皆さんの遣り甲斐みたいなものでしょうか。
星◆そうですね、モチベーションですね。
市川◆いろいろお話を伺っていると、ロケネットの管理などをしている裏方の皆さんの仕事はとても大変そうなので、どういう気持ちでやってらっしゃるのかな、と。
土田◆映画が自分達の街で作られることで、エキストラに参加したり、参加しなくても街角で撮影しているのを見かけて、自分達の街がどんな風に映るのか想像してもらったり、街の見方が変わったり。産業とか観光とか話があったけれど、私はそういう、みんなが楽しめる街づくりの方が大事だなぁって思います。
市川◆皆さん、専従ではないですよね。
土田◆そうです。
星◆商工会議所に窓口があって、そこに話がくると、すぐに土田さんに話が振られるという形です。昔からロケネットを知っているところやホームページを見てのところは、直接話がくるし、県の協議会は全国協議会に入っているので、県を通して全国協議会から話がくる場合もあります。
市川◆今年の夏は「降りてゆく行き方」の撮影もありましたね。各地で出演者のオーディションをやったりしてたようですが。
星◆「降りてゆく行き方」はフィルムコミッションというより、それ自体をひとつの運動として見た方がいいですね。映画作りそのものを、街づくりとしてやってましたから。
        *
土田◆私達のお願いしたエキストラさんがいる時は、なんとか時間を調整して、かならずひとりはロケネットの人間が行って現場の状況を確かめるようにしてます。
星◆モチベーションという話がありましたが、僕なんかは、参加してくれる新潟の人が喜んでくれるのが、よかった、楽しかったって言ってくれるのが、一番ですね。苦労が報われる時というか。エキストラのマネージャーみたいな感じ。待ちが長い時は、今どうなってるんだ、とか。待つのは仕方ないけれど、状況がわからないのは辛いじゃないですか。あと、寒いとか暑いとか。もっといい場所はないかとか。そういうところは気を遣いますね。
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転載:月刊ウインド11月号(6)
◆◆◆いつかはシナリオから◆◆◆
市川◆先日、ロケネットさんの総会に参加した時に話題が出ていて、私もなるほどと思ったんですが、新潟が新潟として撮られる映画が、あるといいですね。町おこしだとすると、なおさら。「感染列島」でも他の映画でも、映画の中の舞台は新潟ではないですから。「ローマの休日」が観光になるのは、あれが本当にローマだからですよね。
星◆今後の課題なんですが、ひとつは、原作をどういう風に発信していくか。新潟が舞台の原作が必要なんです。新潟が舞台の小説を書いてもらうとか。
市川◆おおもとからいくわけですね。
土田◆それなら、雰囲気が新潟しか出せないわけですからね。まぁ私は、舞台が新潟でなくてもいいと思います。新潟だったらより嬉しいな、とは思いますが(笑)。
市川◆せっかく自分達の街で撮ったのに、映画の中で別の街として登場するのは、ちょっと悔しいのではないかと。
土田◆それはそうかも知れませんね。
星◆でも、逆に、東京から2時間で北海道の風景が撮れますって、それを売りにしているところもありましたよ。
市川◆それはスゴイ!(笑) 東京から2時間なら新潟も同じだから、何か売り込みますか。
星◆新潟って、もっと遠いと思われてるんだよね。来てみると近いことが分かるんだけど。そういう地理的な不利もあるんですよね。僕は、シナリオコンテストみたいなことをやりたいですね。新潟が舞台のシナリオを募集する。あるいは漫画でもいいし。
市川◆小説読んでると、新潟もたまに出てくるんだけど、ちらっとだけで、なかなかメインの舞台にはならないんですよね。
星◆「ミッドナイト・イーグル」も津南で撮影したけれど、舞台は中央アルプスということになってましたね。そういう作品は多いけれど、僕はあのシーンを新潟で撮ったって胸を張れるので嬉しいですよ。実はあれ新潟なんだよっていう、通の楽しみもある(笑)。エンドロールで新潟ってクレジットに出るしね。
        *
市川◆ロケネットさんの今後の展望などありますか。
星◆シナリオコンテストは夢ですね。
土田◆去年の暮れに、来年は新潟で大きな映画をやりたいねって言ってたんだけれど、きちゃったしねぇ(笑)。
市川◆確かに。
土田◆どれも全力で当たらなくちゃならなくて、気がついたら夏が終わってた(笑)。
星◆今、県は「天地人」で頭がいっぱいだしなぁ。僕は、いつかファンドができたらいいなぁと思ってます。県内の企業から金を集めて(寄付じゃなく)、映画に投資させるんです。で、映画をヒットさせて儲けて、それを企業にリターンする。映画は新潟で撮らせる。
儲けたお金でまた映画を撮る。つまり産業を興したいんですよ。
市川◆それはどこかでやってることですか?
星◆地域限定というのは聞いたことないです。でも、東京では普通にやっていることだし。最近の映画はみんな製作委員会方式で、リスク分散ですよね。
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転載:月刊ウインド11月号(7)
◆◆◆エキストラ登録に「勇気」はいらない、お気軽に◆◆◆

星◆ロケネットのエキストラ登録が増えているのも、エキストラが楽しいというのが認知されてきたということじゃないかなと。
織田◆「感染列島」で一緒になった人が、「マリと子犬」からハマっちゃって…と言ってて。
土田◆映画に出るなんて、エキストラなんて、と思ってるけれど、一歩現場に足を置いてみると、全然違う体験ができるので、やってみるのとやらないのではえらい違いになってくると思いますよ。
岸◆私も、あんなにおもしろいとは思わなかったもの〜。
織田◆「マリと子犬」は長岡での撮影だったんだけれど、交通費は出なかったのに、その人は新潟から参加したのだとか。
岸◆「感染列島」も東京から参加の人がいましたよね。
星◆最近、ロケネットの登録も、会津若松とか宮城とか大阪とか。「ボート」の時は香港の人がいましたよ。何日から何日まで新潟に行きますって。もうワールドワイドの世界ですよ。
平◆「感染列島」の時、いつ行ってもいるエキストラの人がいたんです。話をしてみると、テレビドラマ「交渉人」の最終回ロケにも参加して、機動隊の格好をしてきたよって。
星◆あれは三川(での撮影)ですね。
市川◆仕事はずっと休んで参加するのかな。
平◆派遣社員らしくて、時間は自由になるんだとか。やりはじめたらクセになっちゃう人もいるんだなぁって思いました。「感染列島」は「白痴」以来の大掛かりな撮影で、見ていてとてもおもしろかったです。
星◆エキストラを続けると、映るコツもわかってくるみたいですよ。いつのまにか主役の後ろにちゃんといたりとか(笑)。
織田◆私は映らなくてもいいんですが(笑)。でも、非日常が体験できて、とても楽しかったです。映画はスクリーンで見るものだと思っていたので、その反対側に行くというのはすごい体験でした。でも、ロケネットに登録する勇気はなくて…。
星◆勇気なんていらないですよ(笑)。ぜひ登録してください。
(9/18 シネ・ウインド フリースペースにて)
■土田さんからいただいた資料「新潟県内で撮影された映画」には、53年公開の「君の名は 第一部」から106本、「新潟市内で撮影された映画」には、60年公開の「渡り鳥いつまた帰る」から40本のタイトルが並んでいました。新潟市内で撮影された映画のうち、99年の「白痴」から02年までは映画塾&FC準備会として支援、03年の「ヴァイブレータ」以降はロケネットとして支援しているとのこと。新潟市で撮影された全作品ではありませんが、その数、20本。
映画を見る時は、エンドロールまでしっかり見てみてください。「にいがたロケネット」の名前があるかも知れません。あるいは、他のFCの名前が。そこから、各地のFCの地道な活動が映画を支えていることが伝わってくることでしょう。


※「クライマーズ・ハイ」…08年公開 監督/原田眞人
※「白痴」…99年公開 監督/手塚眞
※「男はつらいよ 旅と女と寅次郎」…83年公開 監督/山田洋次
※「彩り河」…84年公開 監督/三村晴彦
※「虹の女神 Rainbow Songs」…06年公開 監督/熊澤尚人
※「感染列島」…09年公開 監督/瀬々敬久
※「blue」…02年公開 監督/安藤尋
※「ヴァイブレータ」…03年公開 監督/廣木隆一
※「ボート」…09年公開 監督/キム・ヨンナム
※「愛してよ」…05年公開 監督/福岡芳穂
※「降りてゆく生き方」…09年公開 監督/倉貫健二郎
※「ミッドナイト・イーグル」…07年公開 監督/成島出
※「マリと子犬の物語」…07年公開 監督/猪俣隆一

●にいがたロケーションネットワーク(= ロケネット)について、及びエキストラ登録については、ロケネットのホームページをご覧ください。
携帯電話はこちら
(終わり)
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映画撮影中です。
ただ今、あの噂の映画が新潟市内で撮影中です。
ロケサポの方には、エキストラ募集の案内が届いているはず。
まだ登録していない方、
今ならまだ間に合うかもしれません。
[サポーター募集]から、エキストラに登録してみてください。
映らなくてもいいから、撮影のお手伝いをしたい方もOKです。

今回、間に合わなくても、
新潟では、まだまだ映画撮影準備中です。
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クライマーズ・ハイ
新潟で撮影が行われた「クライマーズ・ハイ」を見てきました。

撮影はちょうど去年の今頃の暑い暑い日でした。
私は映画の現場が大好きで、その現場の楽しさをぜひエキストラに味わってもらいたいと、頑張っています。
またスタッフのOさんも、エキストラの手配を生きがいにしています。
でも時々、エキストラが足りなくて頭数に入ってしまうこともあるんです。
この、クライマーズ・ハイもエキストラに混じってもいいように衣装をいただき、
一緒に参加しました。(私の衣装もすごかったですが、Oさんの衣装もすごかった)

どのあたりで、使われているかなぁなんて思ったら、いきなり始まってすぐ!に
使われていました。
映し出されている時間は少ないのですが、映画の本編では重要なシーンだったようです。

私は自分がすぐにわかりましたが、映っていたのは0.5秒ほど。
たぶん、自分でないとわからないでしょう。
ちなみに、Oさんはしっかりと映っていました。

自分が関わった映画のエンドロールに「にいがたロケーションネットワーク」
と出ると、とても誇らしい気持ちになります。
もちろん、映画もとても面白かったです。

映画館で最後の最後のエンドロールまで見てくださいね。

スタッフ 山田
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間章の亡霊
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 青山真治監督のドキュメンタリー映画「AA 音楽批評家・間章」の上映会を開催した。
 間章とは、新潟市出身で今から30年前の1978年、32歳の若さで亡くなったジャズ、ロックなどの音楽批評家。「AA」は当時を知る関係者ら12人にインタビューし、間と熱い時代だった1970年代を振り返る7時間半にもおよぶドキュメンタリー。
 今回の上映会を通じていろいろな人が集まってきた。
 間と親交があり、現在は新潟市内の古民家ギャラリーの主人
 ノイズ系の音楽イベントの企画を行い、同じにおいを感じてコンタクトしてきた新潟市「寺町」のお坊さん
 間と親交があり、今回、間の生まれ故郷での上映ということでわざわざ遠方からお見えになった方々
 同じく新潟での上映ということで、わざわざ東京から駆けつけた配給会社、当時の制作スタッフ
 本間実行委員長の関係でたまたま秋田から来て、いきなり路上ライブをやった「ブロンズ」のメンバー
 新潟の映画、芸術、文化に関わっている人たち
 学生さん、若者、その他さまざま
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 「間章に捧ぐ」即興演奏を行った映画のインタビュアー大里さん
 もちろん青山真治監督。

 映画の上映会って、芝居とは違い、すでにでき上がっているメディアを上映するだけだから、緊張はあるにしても、興奮というのはそうそうないものだが、「AA」はなぜかライブの高揚感があった。
 そしてこの場でみんなが好き勝手に動いていた。
 みんなそれでもいいと思っていた。
 1972年、間がプロデュースし新潟市体育館で行われた伝説のコンサート「自由空間」もこんな感じだったのだろうか。
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 青山監督がトークイベントの時に「このイベントも間章の霊にとりつかれている」と話した。
 確かに「間さんならなんて言うだろう」と誰もが反すうしていたように感じる。
 間章という「磁力」に引きつけられるように皆が集まってきた。
 間が70年代につけた「炎」は再び燃え上がった。
 なんてこった、間章にまんまとはめられてしまった。
 でもはめられるのも悪くない。
(ほしたつ)
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